2026年 3月15日  ルカ福音書22章63節-23章25節 イエス処刑、バラバ釈放

今日のタイトルは、もっと努めていえば、暴虐の裁き(イザヤ書53章8節)であろう。無実の主イエスを死に定めるだけでなく、裁判の途中で、揶揄い、鞭打ち、冒涜する、酷い! こんなことがあってならない、というしかたで、(しかし)神の救いのみわざは成就した!ユダヤ人指導者たちは、異邦人ピラトに、キリストの裁判を丸投げした(それで十字架が実現)。自らは手を汚したくなかったのか! 預けられたピラトも迷惑顔、イエスに罪を認められなかった。ヘロデに回す。このやりとりの体たらく! 辱めの限りである。この十字架によって私たちは救われた。   バラバ、この人物はイエスが身代わりになって、生かされた(束の間のこの世の生を)。1951年ノーベル文学賞のスウェーデン作家は、創作であるが、この人物を興味深く描いた。一旦釈放された彼は、信仰深い奴隷仲間に会う。自らは告白信者にはなれないが、やがて彼はキリスト者の迫害に連座して死ぬ。そしてその臨終の言葉に、仲間奴隷の信仰への憧れ? あるいはそれでも信じきれない現代人理性の、信じきれない躊躇が表明されているようである、と。