2026年 4月19日  ルカ福音書24章13ー32節 心は内で燃えていた

今日は、エマオの旅人、クレオパと連れのもう一人な不思議な体験に焦点を当ててみる。エルサレムからエマオまで約11km。途上に現れた主イエスが、道々聖書のみことばを解き明かす。二人はそれがイエスであることに気がつかない。主イエスも、私だよ、と言って名乗りもしない。およそ3、4時間もある道中、聖書に記されたご自身についての預言を諄々と諭された。 ふと思うのだが、こんな経験って、超マレなことでないか?! 世々のクリスチャンのできる経験として、これほど感動するものは他にあるまい。ペテロだって、ヨハネだって、こんなに十分に、たっぷりと教えられたのでなかったろう。良い話だ、心温まる話だ。  私たちにはしかし、いまエマオの再現を望むべくもない。とはいえ、みことばの解き明かしなら、教会の礼拝で、聖徒の交わりで、一人のデボーションで、経験できるのだ。主イエスが自らを名乗るでなく、ひたすら聖書の解き明かしに時を費やしたことを、尊く思う。クレオパの経験は、今日も私たちに日常的に許されているのだ。