2026年3月8日 ルカ福音書22章39-62節 ゲツセマネそして否認

十字架以前の十字架、と言われるほど主イエスが祈りで苦闘された場面。ルカ福音書はマルコ、マタイに比べると、その書き方があっさり、普通である。その書き出しからして、いつものように、いつもの場所へ、とその夜の出来事を記していく。ただし、それはすでに書かれて流布していたマルコ、マタイのゲツセマネ描写の深刻さ、リアルさを前提にしてのことで、その証拠に、”イエスは苦しみ悶えて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。”と記録する。汗が血のしずくのように、とはすごい表現であり、わたしたちが到底近づき得ない苦しみであると言わざるを得ない。加えて、(これがルカ独特の記事であるが)弟子たちが悲しみの果てに眠り込んでいた、とある。マタイ、マルコを読む限り、なんとも情けない弟子たち、主イエスの最大の危機に眠っては!と言われるところ、ルカは同じ眠り込むにも、悲しみの果て、と付け加える。弟子たちが明らかに主イエスの悲しみに同調していた証しではないか。同じ22章の28節には、不甲斐ない弟子たちに、これまでの試練に共にいてくれたと労いのお言葉。
  ゲツセマネの酷しさに耐えられない、それは私たちのこと、でも主イエスはこの悲しみ、痛みに同調する信徒を包み込んでいる。そしてリーダーのペテロはこの後三度も否むのだけど、立ち返ったら兄弟たちを励ますようにと予言される。不思議な記録がこの章には満ちている。