私たちは12歳で何を思い、何をしていたであろうか?
小学6年生である。置かれた境遇がそれぞれに違うから、それで優劣を競うこともないが、主イエスキリストはどう であったか、せっかく聖書の中に興味深い記事が書かれているので、学んでみたい。父ヨセフ、母マリヤとともに過越の祭りにエルサレムへ行く。いわゆる都上りである。詩篇120から134篇にかけて民族の詩篇としてまとめられており、神を敬う信仰の詩篇はうつくしい。
ただその巡礼のとき、両親はイエスの姿を見失ってしまう。12歳であるから、迷子というのは当たらないだろう。
実際、少年イエスは神殿の中で大人たちを相手に問答しており、人々はその知恵と答えに驚いていたという。そして、イエスは父母に向かって私が父の家にいることをご存知なかったのですか、と言われる。幼い日、若き日から、主イエスはご自分の使命を意識しておられたということか。適用はやや飛躍するかしれないが、与えられた人生を神のみこころ にかなって生きるのかどうか、それが問われてくるように思う。私たちの人生、自由に気ままに生きて良い?
聖書を読んでいくと、創造主である神を知り、大きな天の配剤の中で生きてゆく確さを思わせられる。自分を捨てて、 とは簡単にできることでない。しかし、自己中心の人生観は早々に挫折する。少年イエスの生き方は私たちへの挑戦である。
