時は紀元1世紀。聖書の記述によると、ユダヤの民は死の地、死陰の地に住むと言われた暗闇の時代。洗礼ヨハネは、荒野に獅子吼して人々に悔い改めを迫る。人々は続々と彼の許に行き、ヨルダン川で洗礼を受ける。 民衆は彼の力ある説教のゆえ、彼こそが待ち望む救世主でないかと、問う。 彼はしかし、断然それを否定する。 とかく私たち人間はそうはしないだろう。 自分の語る宣教を民衆が受け入れて、従ってくるとせば、自分に栄光、誉を受け取ってしまうのではないか? だが彼は違う。私より後にくるお方、イエスキリストこそ待ち望んだ救い主であると。歴史における彼の役割を自覚して、彼はただイエスキリストを指し示す。見よ、神の子羊、と。私たちも小さなヨハネとなって、主キリストを指し示そう。
