キリストの誕生物語は、飼い葉桶の貧しさが象徴的に語られる。まったくその通り、古い昔であっても、馬小屋のイエス様はたいへんだ! けど、事態はもっと深刻に危険でさえあった。生まれると程なく、ヘロデ大王の殺意が身に迫りエジプトに逃避行。今どきの難民さながらである。貧しき憂い、生くる悩み、つぶさになめしこの人を見よ! である。 しかしながら、代々聖画に描かれたみどりごイエスは輝いている。うまぶねの惨めさは感じさせない光を帯びている。これは何かを隠してるというより、主イエス、幼子のいるところには光がある、その証しであるだろう。イエスキリストの物語は、芸術の心を刺激する。音楽に絵画に古来名作が多い、夥しくもある。それは主イエスが唯一無二(言葉の真実の意味で)な存在だからである。 しかもそれでいて、幼子イエスの誕生とその後は、およそ30年隠されたままで過ごす。神の摂理、天の配剤である。
